<皮肉な護憲>の傍観者-飛田新地で考えたこと。

最終更新日

Comments: 0

 9月(2022年)に大阪に行って、西成区でホルモン焼き食べた(十郎の日本全国ソウルフードNo.68で紹介)後に、あべのハルカスに向かおうと歩いていると、ひょんなことに飛田新地に迷いこんでしまい、何とも言えず感慨深い気持ちになったのである。東京には「吉原」と呼ばれる、江戸時代から続く「遊郭」の跡地を利用した「ソープランド街」があるが、飛田新地はまたそれとは違った<異形空間(いぎょうくうかん)>を作り出しているのである。
 飛田新地がどんな場所であるかは、大の大人なら関西人でなくともご存じだろうが、その実態の詳細なるものは関西外の人には余り知られてないように思う。ただ風俗の盛んなところ、東京の吉原のソープ街のような場所という認識ぐらいしかないのではないだろうか。実際私も名前は知ってはいたが、その土地に対して詳しくは知らず、今まで知ろうとも思わなかったのである。故にここが、巨大なチョンの間※1、戦前の赤線から連続している出会いの場(買春)として機能し、それがマーケットのような場になり、堂々と営業されているのに驚かざるをえなかったのである。
 昭和33(1958)年売春防止法施行以来、日本での買春は禁止され、犯罪行為ということになったのだが、古代から存在していたという性欲のはけ口の場は、そうおいそれと無くなるわけはなく、法律によっては規制されたが、お上も下々も、そこは大人同士、お互い空気を読みながら(何しろ性産業から上がる税金は凄い)、見て見ぬふりの状態の中、性産業者は様々なアイデアを駆使して、大衆の性処理サービスを持続していったのである。江戸時代からの幕府公認買春施設「吉原遊郭」は「トルコ風呂」という名前に代わり、個人首だし蒸し風呂(もうないのだろうな)で汗を出し、女の子にマッサージをしてもらい、後は「自由恋愛」という本番行為※2に及ぶ。その後、「トルコ」というネーミング対して、トルコ政府からクレームが付き、「ソープランド」に名称変更、この「ソープランド」は地方に広がり、一大性産業に発展し、各地にソープランド街(川崎<堀之内、南町>、横浜<福富町>、滋賀<雄琴>、岐阜<金津園>他)ができ、現在に至る。しかし、この「ソープランド」という名称誰が命名したのか、戦後のネーミング大賞なのではないかと、私は思うが如何だろうか。「E電」(今や消えてしまった)とか「高輪ゲートウェイ」などというトボケタネーミングばかり付ける国鉄(失礼JR)よ、少しは見習ったらどうなのか。
 もとい、それでは「ソープランド」では実際、中で何が行われているのか、そんなことは、言わずもがな、公然の秘密ならぬ公然の観音開き、で誰でもご存じのはず、買春である。それでは買春が行われているこの施設、なぜ摘発されないのか? 業者は言う、「買春」なんかじゃないと、女の子に部屋を提供し、「自由恋愛」の機会を作ってあげているのだと、だから私たちは女の子に部屋代を貰っているだけで、道具もすべて女の子持ちなのだと、「買春」施設となどと言われる筋合いじゃないと、そして女の子も「自由恋愛よ」、と嘯けばよいのである。素晴らしい理屈で完璧なのである。まあ、これがかつては赤線と呼ばれ、現在では「自由恋愛」?空間に変貌した姿なのである。「遊郭」に売られ、嫌々、男に身体を提供し、数々の悲惨な物語の種になった女郎たち、資本主義社会の弱者・女は、男性社会の中で、商品のように扱われ、貧困の中で、いやいや男に体を提供し、もてあそばれていたのである。その女たちの解放に尽力した市川房枝先生※3も、この「自由恋愛」よと、己の意志での買春といった現在の女郎たち(そんなに味わい深いものではない)の姿を知ったら、ぶったまげるのではないだろうか。己の意志とビジネスで女は自分の性を平気で売るのである。そして相も変わらず、性欲処理に困った男たちは、女の身体をなけなしの金で買うのである。私はどちらの行為も善行とは言わないが、売り手と買い手がいるという市場が成立してしまう以上致し方ないものだと思う。
 「ソープランド」という赤線からの変貌の姿を話させていただいたが、それでは青線とは何か? それは、赤線と違い、徹底的に非合法な買春行為をする場のことで、それ故、その営業範囲は限られて、小さく、こじんまりと行われる。たとえば小さな飲み屋の女給が、客との金銭的交渉をし、成立すれば、その飲み屋の2階(なぜか2階には常時布団が敷いてある)にしけこみ行為に及ぶ。これは江戸時代に宿場町の飲み屋の女給が、旅人の長旅の癒しのために一夜、体の提供する飯盛り女※4の名残りなのではないかと思う。かつて青線は至る所の繁華街にあって、新宿のゴールデン街や向島の鳩の街などには今もその形跡がある。またの名をチョンの間と言うが、このネーミングセンスも妙味があっていい。
 そんな徹底的に非合法で、それぞれが隠れて密かに行われた買春行為の場、青線が、この飛田地区では、誰はばかることなく、というか堂々とソープランド街のような区画で公認されたかのように営業しているのである。前述したように「ソープランド」のような完璧な言い訳?が、この飛田の遊楽街にはあるのだろうか? 小さな酒場(何と150軒ぐらい連なっている)に女が数人いて、客に付く、とりあえずは申し訳程度の酒と摘まみ(乾きもの)が出る。すぐに交渉、成立すると、2階?の部屋で…(入店してないのでイメージである。悪しからず)。これも「自由恋愛」と嘯けば嘯けるが、どうも「ソープランド」のようなご愛敬さはないような気がする。あからさますぎるのである。「ソープランド」の場合はお風呂とマッサージベットでウヤムヤになりそうだが、まんま布団だけがあったらマズイだろうと、どうでもいい老婆心が働いてしまうのである。近くには『飛田新地料理組合』(公認売春施設組合?)の看板ついた堂々とした建物もある。このような空間は日本国中どこを探してもないのではないだろうか。
 飛田新地は飛田遊郭の通称で、飛田遊郭は大正時代に築かれた日本最大級の遊郭と言われていたらしい。もと遊郭であったのは吉原と同じだが、前述した通り吉原は昭和33(1958)年売春防止法以降「トルコ風呂」から「ソープランド」に代わり、街もソープランド街に変貌する。飛田は「ソープランド」とは異なり、本番行為のみを提供する料亭(居酒屋)になり、現在も売春防止法以前の雰囲気を残し、大部分の「料亭」は、看板は料亭であるが、営業内容は1958年以前と何ら変わらずチョンの間状態だ。この飛田、もとは遊郭(赤線)で、今は青線らしき即本番のシステムで、表向き料亭だが、料亭内での客と仲居との「自由恋愛」という建前により黙認されているということ。その「自由恋愛」という伝家の宝刀は「ソープランド」と変わらないが、「ソープランド」には法の規制から何とか逃れようと、様々なアイデアを出して変貌していったように思えるが、この飛田には何もそれらしきものが感じられないのである。当局もよく黙認したものだと、さすがに呆れるが、これぞ回りくどいのが嫌いな、本音直球の原色府大阪らしい一面をみるようでもある。以上のことを考えると、日本の売春防止法とは何なのか、建前だけの法で、実際はウヤムヤとしか言いようがないのである。曖昧暈し好きの日本、日本人の面目躍如なのである。
 さて、欲望産業として、性産業の他に妙なのがギャンブルである。我が国では、公営ギャンブル以外のギャンブルは犯罪である。故に、ひそかに博打が行われ、それが見つかれば、警察のガサが入り、捕まることが多々ある。最近余りないが(麻雀をやる人が少なくなったからか)身内内の麻雀も、見せしめかもしれないが、芸能人がよく捕まり話題になった(馬券を買わない競馬のように、賭けない麻雀など誰がするのか)。可笑しいのはパチンコである。これはゲームでありギャンブルではないと、公には言われるが、明らかにギャンブルである。いや景品との交換だけで、店は換金などしてない、とこちらも嘯く。そしてわけのわからない物品に交換され、ひとクッションおいて(これが肝心なのだろう)、これもあきらかに存在しているのに、存在していないような様子の交換所へ行き、現金と替えられる。何でこんなことをするのか。ソープランドの言い訳とどこか似ているのである。店では景品交換しているだけで、現金などに交換していない、故にゲームである。完璧である。素晴らしいのである。これだけで法律から逃れられるのである。いっそのこと公認してしまえばいいのに、そこに日本の利権構造の闇があるのだろう。利権のためなら法律の裏を生み出し、日本国民が<阿吽>で、それを実行していくという。ここまで書いていて、私は何も道学先生のように、厳格に、それらを取り締まれなどと言いたいわけではないのである。逆に法律の規制など何のその、戦後闇市のパワーがどん底日本を復興させたように、庶民の生(性)のパワーや活力感じ、その努力に頭が下がる思いである。
 実は非常に長い前置きになってしまったが、これからが本題である。以上のことを飛田で考えている時に、ふと、この曖昧さと似ているものがあるのに気づいたのである。そう日本国の理念のベースである「日本国憲法」である。この「憲法」何とも厄介で、現在、「護憲派」と「改憲派」に真っ二つに分けれ、このままずるずるべったりのまま時が過ぎていくような気配である。ご存じのように、この問題は憲法「九条」をいかにするかという問題で、他の条項はどうでもよいのである、と言ってしまえば語弊があるが…(護憲派の筆頭の共産党、本音は1条を変えたい改憲派なのでは邪推したくなるが)。
 そこで問題は、第九条の項目なのだが「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」。この条項をわかりやすく言いたいことだけをまとめると、「戦争の放棄」(戦争放棄)、「戦力の不保持」(戦力不保持)、「交戦権の否認」の3つの規範的要素から構成されているのである。戦争を放棄し、戦力を持ってないのであれば、交戦権もへったくれもないのではと思ったのだが、そうか武力も持たずに戦うという手もあるな、これもおかしくないなと納得したである。そんなことよりは、一番の問題は「戦力の保持」である。戦力とは軍隊のことで、戦争兵器は持たないという事なのだが、日本にそれが存在しない? あきらかに存在しているのである。しかし、存在していないのである。軍隊は戦力で自衛隊は戦力ではないという理屈だが、素晴らしい理屈である。いや素晴らしくもなんともないのである。「自衛隊」が戦力でなく、「軍隊」に替えると戦力になるという主張は、何だか「自己恋愛」が「買春」に代わると犯罪になるという理屈とアナロジカルで何とも興味深いのだが、性産業の理屈には許されるような愛敬があるが、この理屈はいただけないのである。何故か「自己恋愛」と「買春」には辛うじて、恋愛に転ずる可能性があるということである。しかし、「自衛隊」と「軍隊」にはその可能性はないのである。そもそも「軍隊」は「自衛」のためにあるのである。「自衛」のためでない軍隊などこの世には存在しないのである。故にそもそも「自衛」なのだから、どんなことをしても「軍隊」が「自衛隊」に変容する可能性ないのである。どこまで言っても同じものでしかないのである。「買春」と「自由恋愛」の言葉には万が一があるが、「自衛隊」にはピュアに自衛隊として存在できることなどないのである。「武力」のない自衛隊が存在するとするなら別だが、そんなことは考えられないだろう(いや戦闘機や戦車や艦船を武力ではないと言っているのが日本なのだが、ぶったまげるのである)。
 この九条を擁護している輩は自国を守るためならば軍隊も軍隊でなくなるなと思っているらしいが、たまげたものである。もう一つ九条に揚げ足をとらせていただくと、交戦権を認めないないで、何が集団的自衛権なのか、どのように防衛するのか、戦わず、抵抗しない防衛とはどういうものなのか、見本を見せてもらいたいものである。侵略だろうが自衛だろうが、戦ってしまえば戦争であり、とりあえずは勝ったほうが正義(嫌なものである。正義は調和であって欲しい-ソクラテス)なのであるから(はじめに暴力ざたを起こしたロシアを持ち上げる識者や国もあるのである<ウクライナVSロシア>。当然、何もしてないのに攻められた日本が、国際関係上、お前の国が悪いとなどという国連加盟国も当然出てくるだろう)、そこはリアルに対処するべき方法を考えなければならなのではないだろうか。
 このような曖昧模糊とした九条を変えようとしているのが「改憲派」、戦争放棄という理想を掲げた平和憲法(九条)を変えようとする輩は、日本をまた戦争に駆り出す悪しき奴らだというのが「護憲派」、ということになっている。ここまで来て読者は、私が大変な「改憲派」だと思っていらしゃるだろうが、実は「護憲派」に変わりつつあるのである。戦争はどんな理屈をつけようがダメなのである。しかし、相手から暴力を振るわれたら、その対処する方法は考えなけれいけないのである。理想は戦争は反対だが、リアルに現実的には戦争は行われるのである。政治はそのリアルな現実に対処する方法を考え出さなければならないのである。しかし、最近、この政治三流国日本は自力で何かを変えることは無理なのだということが身にしみて分かってきたからである(自国の文化さへも外国からの評価で決まるというトホホな国なのだから)。日本国が成立(701年)以来1320年、外国の圧力を受けて初めて自国を変えていくという連続であり、きっと憲法も外国の圧力がかかり、国としての<思考停止>になった時、はじめて改められるのだろうと思うのである。その前に国がなくなっているかもしれないが…。
 それならば、「護憲」のままで、性産業や遊興業の<まやかしパワー>を見習って、このまやかし憲法と付き合い、この国がどう諸外国の横暴と対処していくのか見届けたいと思うようになったのである。そして「護憲」になった以上、いくら自国の民が殺されても、じっと「平和、平和」と叫び続けていこうと思っている。こんな<皮肉な護憲>の傍観者が、日本の未来を支えていくのである。そんなわけないだろう。しかし、日本、日本人はいったいどこぞに向おうとしているのか、私もだが…。

※1 チョンの間-チョンの間は、戦後の混乱期を契機に、全国の主だった歓楽街に出没し始めた風俗店で、売春防止法施行前でいう青線(許可されていない売買春街)に属するものである。外観は呑み屋や小料理屋、旅館を装っていて、営業の届出もそのようになされている。新聞やニュースで「特殊飲食店」「小規模店舗」などと呼ばれているのはことが多い。
※2 本番行為-実際に性行為を行う事。実際の性行為とは性交のことで、ペニスを膣に挿入すること。
※3 市川房枝先生-(いちかわ ふさえ)、明治26(1893)年5月15日 – 昭和56〈1981〉年2月11日)、日本の婦人運動家、政治家(元参議院議員)。
※4 飯盛り女-江戸時代,街道の宿場で旅行者の給仕,雑用などにあたるとともに売春を行なっていた女。もともと遊女であったが,幕府は江戸時代中頃から遊女取締りをきびしくしたため,飯盛と名を変えたものが多かった。

投稿記事

juro

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

コメントする