オリエンタルシンキング④

霊性とは<気配>のことでは2

 霊性とは<気配>のことでは2 
 前回、霊性とは<気配>、<氣>の配りなのではないかと、私なりの見解を述べさせていただいたが、そう考えると、昨今流行(さっこんはやり)の「パワースポット」が如何なるものなのかが明解になってくるように思うのである。
 「パワースポット」とは強い霊性が宿る場所で、具体的に大いなる自然(山、森林、湖)や宗教的な施設(神社や仏閣)など、特に霊気が強く感じられると喧伝されている所にある。人間にとって自然は何より怖く、また畏れ多いのは、科学的進化をとげた現在でも変わらないだろう。しかし、特に古代人は、現代人より、その畏怖する感情は質的に遥かに異なっていた。雷鳴、台風、地震、洪水などの天災が目の前のものを破壊し、多くの身近な民が死んでいく現実に無力と自然の不可解さを感じ、その現実に対して膝を落とし、頭(こうべ)を垂れ、泣き崩れるしかなかった(現在もそれは変わりないが)。そして最後に出来ることは、自然にたいして「お願いです。どうか<お氣>を鎮めて下さい」と叫ぶより如何ともしがたかい己がいた。そのためひょっとすると、彼らの日常生活は日々の労働よりも、自然に対する<祈り>に時間が割れていたのではないかと想像されるのである。そして時がたつとともに、その個々人の<祈り>が集団的共鳴へと変貌、そしてその<祈り>が儀式化し、同時に<祈り>のサークル的場が出来上がってくる。
 日本の場合、その場は自然と一体化した神社(かみやしろ)という形で現れ、現在まで継承されていった。特に初めの頃はその場は、大いなる自然の中にあり何もない空間だった。人が寄り集まって、ただ自然に向かって<祈る>場であったが、徐々(相当な時の流れがあったように想像できる)に<共同の祈りの場>として、そしてその<想い>が集約する場所としての象徴的な<証-イコン>が自然と出来上がってきた。それがご神木であり、鳥居であり、ご神殿であったのであろう。この流れは、日本で一番古い大神(おおみわ)神社(三輪山の中にあり、鳥居の他には何もない)から伊勢神宮を経て、明治神宮などの神社の歴史的流れを考えれば明らかである
 それでは、何故、人々はその場を<共同の祈りの場>にしたのか、当然だが、祈りの場に相応しい場でなければならなかったのである。その場は、きっと、自分たちの手の届く分かりやすい日常の場ではダメだったのであろう。崇高さと、威厳を兼ね備えた畏怖する場所でなければならなかった。そして、その場に、彼らは日常空間とは異なる<氣の配り>かたをするのである。畏怖の気持ちがそうさせるのである。時がたち参拝の形式もでき、鳥居の前でお辞儀をし、柏手を打ち、手を合わせ祈るようになる。何故<氣>を配るのか。それは気配(<空気><地気><霊気>)を察知することにより、無意識に自らの<心気>と調和を図ろうとするからではないだろうか。
 私事で恐縮であるが、前回(平成25年)の62回目の式年遷宮の時に初めて伊勢神宮にお参りさせていただいた。噂に違(たが)わぬ<霊気>を持った空間であった。両鳥居の間の宇治橋を渡り神宮に足を踏み入れると、強い<氣>を身体に感じ、五十鈴川でお清めをし、広大な空間を正殿まで向かう間、私は今までにない<氣の配り>をしながら歩いたのである。そうせざるをえない私がいたのである。伊勢神宮の周囲の空気感と、そして創建から千数百年間、過去の参拝者が残していった<氣の配り>を身体に感じながら、気のせいか何だか清心な気持ちになったのである。
 現在の「パワースポット」と言われる場所も、そこへ足を向けるだけでなく、こちらから<氣の配り>をすることなくして、決してその空間のパワーも立ち上がってくることはないような気がするのだが如何であろうか。
 俗だが、例えば自宅で怖い幽霊(ホラー)映画を一人で観賞している。ただの作り物の映画じゃないかと馬鹿にしながらも観終わり画面を消す。その瞬間、一瞬でも霊気を感じない人間はよほど鈍感であろう。
 この霊気は、私たちが一瞬でも<氣>を霊の方に配った現れではないだろうか。
 日常、宗教心などないような生活をしながら、いざとなると最大の<氣の配り>をしてしまい、そこから<霊性>なるものを受け取る。日本の宗教心とはそのようなものかなと最近考えるようになっている。
 <氣>は霊性さへ掻き立てる何かなのである。

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